ひと目みたい思いはより一層大きくなって
ずっと訪れたかった、岐阜にあるフィン・ユール邸。フィン・ユールが設計した優雅な椅子、自邸のインテリアに興味を抱きつづけていたものの、新婚旅行でデンマークを訪れた際は閉館していて見ることができなかったため、ひと目みたい気持ちはより一層大きくなっていました。
フィン・ユールとは
フィンユールとは、デザイン大国、デンマークの建築家・家具デザイナーです。とりわけ、歴史に残る優れた家具がデンマークでたくさん生まれた1940-60年代に活躍したデザイナーのひとりです。ひときわ美しい家具をデザインしたことで知られ、優雅な曲線を特徴とした椅子は、「彫刻のような椅子」と評されています。
ゲストの興味に沿った案内
キタニのショールームに集合し、常務の大洞さんがフィン・ユール邸の案内をして下さいました。(案内の方が体調不良でお休みだったため、代理での案内でした)フィン・ユール邸に向かう道すがら、「どんな点を知りたいですか?」と聞かれ、「家具や家のデザインについて知りたいです。」と答えました。ゲストの興味に合わせた案内をしてもらえるようです。家具の保管庫の前を通り、細い小道を抜けると、前方に白い建物が見えてきました。フィン・ユールを巡る旅の始まりに胸が高鳴ります。
入館料の種明かし
案内の方が、フィン・ユール邸の白い外観の前で足を止めると、本国デンマークでは、全てレンガでできていますが、日本の建築法ではそれが出来ないため、中に木枠を作ってから、外側をレンガで囲っているんですよ、と説明されました。「だからコストが2倍なんですよ。入館料、少し高かったでしょう?笑」と。思わぬところで、ちょっと高いなと思った入館料の種明かしがありました。
愛情をかけて家を育てる文化
外壁の白いペンキは、腕の高い飛騨高山の職人さんたちにより、塗られたとのこと。フィン・ユール邸を建てるにあたり、財団の監修を受ける中で「ペンキの塗り方が綺麗すぎる」とお叱りを受けたそうです。デンマークでは、住人が外壁のペンキで塗り直すことが多く、均一に綺麗に塗るのではなく、素人が塗ったようなラフさが欲しいとのことでした。自分でメンテナンスをして、愛情をかけながら家を育てる文化が垣間見える指摘です。
ポイントはアールのデザイン
家の周りをぐるっと歩いて玄関に着くと、ドアの前にはレンガが敷き詰められていました。大洞さんが「レンガの端を見てください。アールがかかっていますね。家の中にも、いくつかアールがデザインのポイントとして使われていますので探してみてください。」とフィン・ユールのデザイン面の見どころを教えてくれました。レンガをそのまま敷き詰めてもいいところを、角を丸くすることで、温かみはありつつも、どこか洗練された印象を受けます。
細かいデザインが心地よさをつくる
家の中に入ると、なぜこんなに目心地が良いんだろう。そんな問いが自然に湧いてきます。リビングの引き戸から見える、青いソファーの部屋。引き戸の桟(さん)よく見ると、額縁のようなフレームになっていて、引き戸から見える景色をより幻想的にしています。たまご色の天井、ベージュのソファー、引き戸から見える青いソファーとグリーンの色彩も幸福な気分にさせてくれます。暖炉に目を向けると、白い屋根の淵、床に敷かれた煉瓦の淵もやっぱりアールがかけられています。ベージュのソファーの脚は、異なる色の木が組み合わさっていて、その接合部の美しいこと。その接合があまりにも大変なことから、職人さんにもうこの椅子を作りたくないと言わせる、職人泣かせの椅子だそうです。この1枚の写真からでも、これだけの心地よい訳を紐解くことができます。そしてその心地よさは、細かいデザインに支えられていることにも気づきます。
棚の秘密
まだまだ、細やかなデザインによって支えられた心地よさはたくさんあります。リビングの棚の最上段を見ると、棚の傾斜が屋根の傾斜に沿っていることが分かります。そうすることで、棚の存在感を抑える効果があるのだそう。壁一面の棚を空間に馴染ませ、親密な空気をつくる工夫です。
こちらは廊下に設けられた収納棚です。収納棚でさえも、扉の四隅は全てアールがかけられています。また、取手も楕円型で、扉のアールとリンクしていて、細部まで拘って選ばれていることが分かります。
ヒュッゲな時間を演出するデザイン
「北欧の冬は日照時間が短いです。デンマークは、冬の間は日の出が午前8時45分、日の入りが午後3時45分と明るいのはせいぜい7時間です。」
世界一幸せな国、北欧デンマークのシンプルで豊かな暮らし
一方日本(東京)は、6時20分から16時30分と10時間は明るいです。北欧の国々はどこも夜が長いので、どうしても家で過ごす時間が長くなります。デンマークを語る際に欠かせない言葉に「ヒュッゲ(居心地がいい時間や空間)」がありますが、本来の意味は、「巣ごもり」だとも聞いたことがあります。デンマークの人たちは、自分たちの「巣」を少しでも温かく、楽しく、心地よいものにして、ヒュッゲな時間を演出するための道具立てとして磨き上げてきたものが、家具や照明器具、色彩感覚だったのではないでしょうか。特にフィン・ユール邸ではその色彩感覚にハッとさせられました。
色のマジック
リビングの端に置かれた、からし色のソファー。その周りをぐるっと囲む深いグレー。グレーを挟むことで、からし色を引き立てる色彩感覚に驚きました。また、クリーム色の天井と白い本棚の間に細く入った柿色が、本棚をきりっと引き締めています。
続いてバスルームです。清潔感のある白いタイルが印象的なバスルームを見上げると、真夏の海を彷彿とさせるターコイズブルーが。写真には写っていませんが、床にはブラウンのタイルが敷かれていました。清潔感は保ちつつ、ブラウンとスカイブルーのチャーミングな組み合わせにキュンとしました。
美は細部に宿る
フィン・ユール邸から学んだこと、それは、すっと目や体に馴染んでくるものは、たくさんの細かいデザインに支えられているということです。心地よさは、四隅の施しや、傾斜、色の組み合わせなどたくさんの配慮によって出来あがっています。いいなと思って手に取るモノたちは、デザイナーやそれに関わる人たちの経験や思慮、数々の試行錯誤のうえに生まれていることに感動を覚えました。
フィン・ユール邸にみる、日本文化
最後にフィン・ユール邸に宿る、日本文化のエッセンスを。フィン・ユール邸は、引き戸が多用され、日本の数寄屋建築に影響を受けているそうです。引き戸は開け閉めのスペースを確保する必要がなく、ドアを開けたはずみに人に当たってしまう心配もありません。狭い日本の居住スペースに見合った方式です。そんなスペースを有効的に使える実用性にフィン・ユールは目をつけたのかもしれません。
学び多き、大満足のツアー
ツアーの途中では嬉しいことに、フィン・ユール邸の中でコーヒーブレイクがありました。また、質問がたくさんできるインタラクティブなツアーで、一緒に巡る方達の質問とその回答に「なるほど~」と思うことも多く、学びが深まります。最初は少し高いと感じた入館料が破格に思える、忘れがたい旅となりました。
フィン・ユール邸
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