クラフト館 岩井窯(鳥取)
2025.06.07

クラフト館 岩井窯(鳥取)

Craft

もくもくとした愛らしい絵柄に惹かれて

Instagram で見た、岩谷窯のプレート。雲のような愛らしい図柄に惹かれて調べてみると、鳥取県にあり、山本教行(のりゆき)さんの作品だと分かりました。関西の友人との旅行にあたり鳥取県だと落ち合いやすく、気になっていたflat.Maeta(リンクを入れる)と岩谷釜を辿る旅を組み立てたら楽しそう!と閃き、4月に岩井窯を訪ねてきました。

車を1時間ほど走らせて

Airbnbの宿「flat.maeta」にて、ホストのよしこさんに今日は岩井窯に行くことを伝えると、「あら、岩井窯に行くのね。ちょっと遠いけど頑張ってね」とエールをもらいました。途中でカフェ「HAKUSEN」でコーヒーブレイクをして、友人の運転で窯元へ向かいました。

岩井窯の入り口には可愛らしい看板が

まずは腹ごしらえ

岩井釜に着くと、山本さんの奥様が営む「喫茶HANA」にて、1番人気の土鍋焼ビビンパを注文しました。山本さんの土鍋に入った、香ばしいごはんの香りに食が進みます。旅の最中に、ビビンパに、お味噌汁、お漬物がついたバランスの取れたほっとする食事にあり着けることは、ありがたいものです。

店内には山本さんのお眼鏡にかなった家具が並び、どこかほっとする空気が流れています

牡丹の花のお皿

引き戸を開けると、ずらりと並ぶ山本さんの作品たち。からし色とこっくりとした茶色からなるスリップウェアや、あのくものような柄のお皿が並んでいます。さらに奥に進むと、喫茶HANAで食べたビビンパが入っていた土鍋もあります。店員さんにくものような柄の真相を尋ねたところ、李朝絵画の牡丹の花をモチーフにしているとのこと。山本さんの本を読むと「人によって雲だとか鳥の羽だとか受け止め方はさまざまです」書いてあったので、同じようなイメージを持った方がいるんだなと、くすっとしました。山本さんのお皿には、どこかおおらかな雰囲気が漂っています。洗面台に置きたいと思い、牡丹の花の四角い小さいお皿を購入しました。

うつわを販売する建物
木の扉とレンガの組み合わせが可愛い入口

鳥取民藝のキーマン、吉田璋也

岩井窯に訪れる前に、鳥取駅から5分ほどの距離にある「鳥取民藝美術館」とその横に並ぶ「たくみ工芸店」「たくみ割烹店」を訪れました。その全ての設立にかかわっているのが、吉田璋也こと吉田先生です。吉田先生は民藝館の向かいに建つ「吉田医院」で耳鼻科の医師として働きながら、美と生活を結ぶための勢力的な活動は「民藝のプロデューサー」と呼ばれ、民藝を語るうえで欠かせない人物です。吉田は、医師の他、デザイナー、事業家、教育者、プロモーター等、なんと7つのもの顔を持っていました。そんな吉田先生との出会いが、山本さんの人生を変えました。

たくみ割烹店の名物、牛寿し。甘辛い牛肉が、らっきょと酢のおかげでさっぱりといただける上品なお味。いわずもがなの雰囲気の良い、店内。

人生を決めた吉田先生との出会い

高校生になった山本少年は、久しぶりに家族でお世話になっていた吉田医院に訪れました。「絵描きになりたいんです」と話すと「絵描きでは生活はできんよ」と先生は言い、鳥取百貨店でやっていた陶芸家の河井寛次郎、浜田庄司らの三人展に連れて行ってくれたそうです。その後も何度か民藝館を訪ね、先生の家を出入し、民藝館の展示替えを手伝うようにようになっていつの間にか「やきものをやるのが天職だ」と思うようになったそうです。

見習い修行と独立

高校三年生の夏休みに出西窯で住み込みで見習い修行し、その後に正式に弟子入りをしました。800点におよぶうつわを焼き、吉田先生の援助を受けてその器を鳥取の「たくみギャラリー」の作品展で売りました。その売上金と約230万円の借金をして、今の自宅がある岩美町に材料を買ってきて自ら家を建て、窯を築かれました。

「含み」は暮らしから形づくられる

ある日のこと、奥さんがスーパーで買い物をする際「この野菜がいい」とすくっと取ってシールを見ると、いつも同じ人の名前が書かれている。まるで、野菜に顔が貼ってあるみたいだったと、おもしろいことを教えてくれたそうです。その話を聞いて、山本さんのうつわも名前ではなく、パッと見て「あ、これがいい」と選んでもらえるものでありたいと思ったそうです。

「人がつくるものからにじみ出るもの。それは形や色彩や模様といった目に見えるものではなく、空気のように漂う「含み」みたいなものだと考えています。『含み』とは、その人の暮らし方であり、仕事に対する思いや姿勢であり、その人の生き方そのものです。」(山本教行『暮らしを手づくりする』)

だから、岩井窯で修行する人に必ずやってもらうのは、自分で生活すること。自分の暮らしを通して、自分が使いたいと思うものを考える。そうでなければ、人様の暮らしの中で使ってもらうことができないという考えを大切にされています。ひとつのうつわには、つくる人が暮らしなかで培ってきたものが集約されている。それが見えない「含み」となって作品の佇まいに現れ、人の琴線に触れるのです。

便利より情緒

日本では「情緒」という得たいの知れないものを評価する言葉があります。このサイトのコンセプトなので、山本さんの「情緒」に対する考えに触れておきたいと思います。まず、情緒とはどういう意味なのでしょうか。

「たとえば、すみれの花を見るとき、あれはすみれの花だとみるのは理性的、知的な見方です。むらさき色だと見るのは、理性の世界での感覚的な見方です。そして、それはじっさいにあると見るのは実在感として見る見方です。これらに対して、すみれの花はいいなぁと見るのが情緒です。」(岡潔『風蘭』)

つまり、外見的な特徴ではなく、ただそのものが発する佇まいをいいなぁと思うのが情緒、情緒的な見方ということです。岡潔はまた、人と人、人と自然の間に情をよく通じ合わせるのが日本人だとも言っています。山本さんは「ものの神髄は『なんでか知らんけどいいなあ』というところにあると思っています。情を交わせるものを身近に置き、生活をともにすること。便利だとか機能的だとか、生産効率的なものにすべてを還元してしまうのは、味気ないものです。」と言います。友人が「対話が始まった」と呼ぶ、私がものを選ぶ時間のことを思いだ出しました。思わず足を止めて見入ってしまうもの、触れたくなるもの、手に取りたくなるも、そんなものこそが生活に幅をもたらし、豊かな気持ちを与えてくれる。そのようなものと人の出会いには、ものを作った人、ものを買う人の間に、どこか共振する思いや価値観があるのではないかと思います。

神様からのギフト

山本さんは1990年、42歳の歳に台風の被害に遭い、工房も窯もすべて土砂に流されてしまいました。しかし、その翌日には新しい窯場の構想を考えはじめたというのです。その時に浮かんだのは、昔、韓国を旅した時に滞在した地主「両班(りゃんばん)」の家でした。敷地の中心に中庭があり、四方を建物で囲んでいて、その中庭で鶏を飼ったり、豆を干したりしながら家の人がのんびりおしゃべりをしている。外でもなく、かといって閉鎖的でもない、気持ちのいい守られた空間にずーっといいなぁと、ことあるごとに思い返していたので今こそ自分があの空間をつくるチャンスだ!と思い、すぐに行動に移したというエピソードに、山本さんの転んでもすぐに起き上がる逞しさと、無限のクリエイティビティに度肝を抜かれます。スケールは違いますが、整理整頓や断捨離をして、整ったスペースのある空間にいると、再び活力が沸き上がる感覚を思い起しました。ゼロになる、スペースが空くからこそ入ってくるものがあるのだなぁと思います。また、自分の道を成す人は、「災い」も「ギフト」と捉え、あれがなかったらつならない人生になっていたと思う強さと想像力があります。そんな人生の捉え方が、山本さんのうつわがまとっているおおらかな空気の正体なのだと思います。

山本さんのうつわがある暮らし

旅から帰った週末、洗面台を綺麗に掃除して購入したうつわを置きました。イメージした通り、とてもしっくりきて嬉しくなりました。隣に置いた、HOW TO WRAPの石との相性も良く、忙しい朝もふっと心をゆるめてくれるようなコーナーが出来上がりました。

オークなど明るい木と、とてもよく合います。いつかオークの円卓に、牡丹の花シリーズの花瓶やお皿を置くと素敵だろうなぁと妄想しています。

クラフト館 岩井釜

定休日は月・火ですが、作品展等の諸事情で定休日以外の日に臨時休館することもあるため、事前にInstagramののお知らせをお確かめください。
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